我が家の自閉っ子のマリオ(現在は青年ですが)の成長と、自閉独特の面白?話をお送りします。現在、 管理人がマリオの恩師と一緒に「ハッピー・クローバー」という障がい児・者を応援する会を作りました。障がい児・者の余暇を広げるためにいろいろな事にチャレンジしていきたいと思ってます。先々はマリオも手伝ってくれるといいな~

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
ど~しようもない、ダメ先生のおかげで円形脱毛症になってしまった私。
後頭部の髪を分けると、500円玉ほどの大きなハゲが2個・・・
髪の毛が長かったので普通にしてれば外からは分からないし、後頭部なので自分からも見えないので、
まぁ、余り気にならなかったのですが・・・

で、ハゲはともかく。
このままでは、子供たちが可哀想!
私たちが何とかしなくては!!!

当時、この学校では精神薄弱学級と情緒学級と2つに分かれていました。
(今は学級の名前は変わってるかもしれませんが・・・)
教室は階段を挟んで隣り同士。

うちの情緒学級は3人でスタートしたのですが、途中からひとり一年生が入ってきました。
あの最後まで普通学級にするか特殊学級にするか、悩んでいたお子さんです。
やはり普通学級では、無理だったようです。
(実は私は、よくその普通学級の先生から、その子の事で相談されてました。
実際、1年生全員で運動場に出た時その子は皆のとこに入れなく、先生も手一杯で見る事が出来ず、
私がマリオと一緒に面倒をみていた時もありました。)

なのでうちらのクラスが4人。
精薄学級が6人(転校した子がいたので)計10人でした。

精薄学級のM先生は、40代の女の先生。
お子さんも3人育ててらして、さすがに子供たちの接し方は上手でした。
まぁ、自閉症児のことは、あまり分かってなかったかな?という感じでしたが、
遥かにうちらのKW先生よりいい!

そしていつもは別々ですが、音楽、体育、生活、給食の時間など精薄学級との合同授業もあり、
M先生に会うことも多くいろいろ相談しました。

するとM先生も、KW先生のおかしいとこに気が付いていました。
子供たちの接し方もそうですが、人間としても・・・


たとえば、自慢話はやはり職員室でも、いろいろな先生方にしていたようでした。
また、上の人(教頭や教務主任)などに、自分は頑張っている、子供たちを良くしているなどと嘘をアピール。
M先生がしたことを、自分の手柄にして上に報告。
そして、私や他のお母さんの悪口。などなど。
他にもあったと思います。

とにかく私たちはM先生を味方につけました。
そして、
「たまに教室覗いてあげるから!」「何かあったらすぐこっちの教室に来なさい!」
と心強いお言葉を頂きました。
(見るからに強そうな先生でしたが・・・^^;)

それから、チック症状がでたルフィー君のお母さんも、ちょこちょこ学校に様子を見に来るようになりました。

私とルフィー君のお母さんが話をしていると、必ず会話に入ってくるおっさん・・・
いや、KW先生・・・
うちらの話に入ってくる時は、もちろん子供たちはほったらかし状態。
そしてKW先生がする話は・・・
「あ、郵便局はもうダメですよ!私は預金全部他に移しました!」とか
「○○さんとこは・・・」と人の噂話や悪口・・・
そんな話するために、子供ほったらかし・・・おいおいおいっ!

とにかく、何度担任の先生と話合っても、KW先生は「はい!分かりました!」といってるだけで全く変わらない。
M先生やルフィー君ののお母さんが来ても変わらない。

私たちは、校長先生に言おうと決めました。
この時、校長先生はご病気でずーっと来ていなかったので、教頭先生にアポを取りに行きました。
(この一年校長先生は学校に来ることなく、そのまま定年退職なさいました。)

主人と私と教頭先生の3人でお話しようと思っていたのですが、
アポを取る時に、今までの担任の様子を少し教頭先生に話したところ

「日にちを決めて、先生方、親御さん皆で集まって今の現状を言って頂き、
それからその後どうするか話し合いをして決めましょう。」
という事になりました。

それにはいつ担任がどういうことをして、何を言ったのか覚えておかなくては・・・
私は手帳にメモを取り始めました。
また、覚えてる範囲で今まであった事も書き出しておきました。

そして、約束の日

校内の会議室に集まりました。
そして大きなテーブルを囲む形で席に着きました。
奥の真ん中に教頭先生、向かって右側に先生方。そして左側に父兄。
先生方は奥から、教務主任、生徒指導、M先生、KW先生、そしてたまに手伝いにきてくれたTTの先生。
私たち父兄は、ルフィー君のお母さん、主人、私、D君のお母さん、U君のお母さん。

私たちの味方だった精薄学級のM先生は、私は本当はお母さんたちの方側に座りたい!
でも、立場上こっち側に座って話を聞かなくてはいけないなんて!と怒っていました。

そして話し合いは始まりました。

私は手帳に書き留めておいた話をしだしたのですが、精神的にボロボロだったので、
声が震えてしまいまともに話せなく、代わりに主人がいままであったことを話してくれました。



○月×日
KW先生と話し合いました。
「子供たちといっぱい遊んで、コミュニケーションとって下さい。」
「それから少しづつ勉強やいろいろなことをして下さい。」
とお願いし、KW先生も
「はい、分かりました!」と言ってたのに全く変わらない。
もう、何回も同じ話をして、お願いしているのに!!!!


○月×日
U君がパニックになってる時、KW先生は暴れて物に当たってるU君を
押さえつけてただ叱ったり叩いたりしかせず、そのため、更にパニックがひどくなった。


○月×日
子供たちにいい物?作ってるんです。と朝からダンボールや廃材を使ってずーっと作業。
給食を食べてまたずーと作業。
その間、子供たちはほったらかし、ただそれぞれ遊んでいるだけだった。
そして、一日かけておもちゃ?は完成。
でも、そういう作業って、子供がいない時にするのでは・・・
その日子供は、学校で何もしないで帰りました。


○月×日
「○○さんちのお母さんは、なんとかっていう病気だから、もう長くはないですよ。」
と言った。普通こんなこと言わないと思うのですが・・・


○月×日
自分のクラスの子とも、まだコミュニケーションも取れてなく、上手くいってないのに、
普通学級で手に負えない3年生の男の子の通級を引き受けた。

それも、初めM先生のクラスにいったがM先生では上手く対応できないので、
私がその子を見ることになったと言いました。
しかし、自閉症の子ではなく、またすごく攻撃的な子で、結局KW先生はその子を叱って、
「こんなことしてはいけません!」「あんなことをしてはいけません!」
としか言えず、挙句の果てに体罰・・・
見られもしないのに、引き受けないでほしい。


○月×日
「ルフィー君は薬飲んでますよ。だから大人しいんです。」と言った。
でも、ルフィー君のお母さんに聞いたら、飲ませてないとのこと・・・
どうしてそんな嘘をつくのですか?


○月×日
昼休み、大勢の4年生が遊びに来た。そしてボールプールのボールを投げて遊び始めた。
2,3人が来て遊んでる分にはまだいいが、
もう教室から溢れんばかりの子供たちが大騒ぎでボール投げだした。

かなり危険な状態なのに、KW先生は全く無視でクラスの子の面倒も見ないで、自分の仕事をしていた。
4年生は大騒ぎの興奮状態!うちらのクラスの子は端っこで固まってる。
もうこれ以上は危ない!と私が思った時、たまたま4年生の先生が気が付き、
「こらーっ!お前らここで何やってるんだぁー!」と叱ってくれて、子供たちは廊下に・・・

そして、知らん顔してるKW先生に
「どうして止めてくれなかったのですか?」と言いました。

するとKW先生は
「マリオ君のお母さんが、普通学級の子たちも一緒に遊ぶといいといったので」と言った。

たしかにそんな様な事は言いました。
(前の素晴らしいK先生が、上手に間を取り持って一緒に遊んでくれていたので・・・)
しかしこれは違うだろ!子供たちは勝手に遊んでるだけだし、うちらのクラスの子は怖くて固まっている。
いくら一緒にって私が言ったからって、限度があると思います。


○月×日
私には「マリオ君のお母さんのやり方でいいと思います。○○さんのやり方はダメです。」といっておきながら、
○○さんには、「マリオ君のお母さんのやり方ではダメです。」と言ってました。
なぜ、そんなことを言うのか分かりません!

       ・
       ・
       ・
       ・

と当時の手帳が無いので少ししか書けませんが、あったことをすべて皆の前でお話しました。
話のたびに、教頭先生が「KW先生、こんなことしたのかね?」とか聞きました。

KW先生は首をかしげてばかり・・・でも、言った覚えはありませんとは言いませんでした。

まぁ、○月×日、こういうことがあったと言われちゃあね~。

そして、ルフィー君のお母さんもいろいろお話しました。
チックが酷いことなど・・・

しかし、U君のお母さんはKW先生の味方。
U君家はお父さんが歯科医師で、公文やら家庭教師やら、
とにかく勉強さえやってくれればいい!という考えだった。
だから、学校でU君がパニックになって、KW先生が酷い対応してたことを話しても、
それがどうしたの?という感じでした。
それより、毎日U君にプリントをたくさんやってくれる、KW先生は素晴らしいっと・・・
また、KW先生は毎日のようにU君家にも行き、たくさんのプリントを持っていってたようだ。
そして親は大喜びしていたそうだ・・・

う、う、う、U君・・・可哀想に・・・


そして、後から入ったD君のお母さんは、自分の意見もはっきり言わずに中立。
このD君のお母さんも曲者だった。

私たちには「そうだよね~」と話しを合わせておいて、肝心の時には何も言わないんだもん・・・
それって、自分だけ逃げ道作ってないかい?

最後に、私がKW先生と子供たちのどうしようも無い
やりとりを毎日見ていて、
円形脱毛症になったこともいいました。


話合いは終わりました。
どんな終わり方をしたのか覚えていないのですが・・・


とにかくすべてを教頭先生は受け止めてくれ、
私に「学校くるのが辛かったらしばらくお休みしていていいわよ。」と言ってくれた。
1週間か10日ほど私とマリオは学校を休んだ。
その間、家でのんびりしたり、児童センターのおもちゃ図書館で過ごしたりしていた。

ある日たまたまルフィー君のお母さんがどう?っと気にして遊びに来てくれた日、
丁度、教頭先生と生活指導の先生が、家に様子を見に来てくれた。

そして、「辛かっただろうに、よく本当の事を話してくれた。よく耐えてくれた。」
と私の手を握って言ってくれた。
これから、教育委員会の先生にKW先生の状態を実際みてもらうことになったと教えてくれた。

他にもいろいろな話をしたのですが、覚えてません。
KW先生はたぶんお休みすることになるだろうから、KW先生が休まれたらすぐ電話をします。
マリオ君とお母さんはそれから学校に来なさい。と言ってました。

この後すぐ、KW先生はご病気?ということで休職し、取り合えずもう3学期の途中だったので、
M先生のクラスと一緒に授業するとこになりました。


後日、M先生から教育委員会の先生が、様子を見に来た時のお話を聞きました。

その時は、マリオとルフィー君はお休み、D君はたまたまいなくて、KW先生とU君だけの状態でした。

U君ひとりなのに、KW先生はまともに何もできなかったようで
教育委員会の先生が
「こんな対応毎日みていたら、お母さんハゲちゃうわ・・・」
と言って呆れて帰られたようです。



でも、この教頭先生が理解してくれたから、良い方に向かったと思います。
また、教育委員会を呼んでKW先生を見てもらったというのも、凄いことだと思います。
よく聞く話では、その学校内でどうにかしようとして、教育委員会に言わなかったりってありますもんね。

教頭先生に感謝です!
その後もう一年教頭先生はこの学校にいたのですが、いろいろ力になってくれました。
ちょっと敵に回してしまうと怖そうな先生でしたので、味方でよかった~^^
現在はどこかで校長先生をやっているそうです。




最後に・・・

KW先生は
「私はたまたま、あの親御さんたちと合わなかっただけ」
と皆に言っていたそうだ。

「自分には何も落ち度はないのに、ただ、ただ、親御さんたちと合わなかったから、こんなことになった」と・・・


今も彼は養護学校の高等部で教師をしている・・・あと2年後の定年まで・・・
スポンサーサイト
コメント
この記事へのコメント
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2005/10/16(日) 21:25 | | #[ 編集]
よ、読みましたわよー・・・よろよろ・・
3記事連続で・・・ぜーぜーはぁーはぁー。

いろんなこと考えて選んで入った学校にも
こんなにドラマが。

どこに入ったとしても、要は自分たちがどんな様に
やりたいか、されたいかというハッキリした意志が必要ですね。
自分たちが良い場を学校と一緒に作っていくんですね。
2005/10/16(日) 22:46 | URL | くめくめ。 #SFo5/nok[ 編集]
KW先生って
政治家みたい・・・
いや、その、偏見なんですけど、政治家にも良い方はいるんでしょうけど、
なんかそんなイメージが・・・(-_-;)

そんな話し合いがあっても、自分に落ち度はないとか思ってる先生とは、
私も分かりあえそうにないです・・・

我が家は幸い「この先生はっ・・・(゜O゜;」という方に担当されたことはありません。
1つの学校の中だけでも先生がたくさんいて、
その中で良い先生に出会えるってすごい幸せな事なんだなぁ~♪
と、かりんさんの記事を読んでいて思いました。
2005/10/17(月) 11:54 | URL | さとこ #-[ 編集]
コメントありがとデス!
★くめくめさん、こんにちは~!

3記事連続・・・お、お疲れ様ですっ!!!
しかも、この後Hidekiの「ダメな先生の外伝」が待ってますので・・・^^;ぐふっ。

>どこに入ったとしても、要は自分たちがどんな様に
>やりたいか、されたいかというハッキリした意志が必要ですね。

うん、そう思います。
結局、6年間で計5人の担任に見てもらいましたが、毎回いつものお願いをしました。
そして親と学校(先生)で、この子たちにとって良い場を、
一緒に作っていけばいいんですよね!

ま、中にはKW先生のような方や、どうしようもない上(校長)もいて、
なかなか子供にとって良い場が作れない場合もありますが・・・



★さとこさん、こんにちは~^^

>政治家みたい・・・
>いや、その、偏見なんですけど、政治家にも良い方はいるんでしょうけど、
>なんかそんなイメージが・・・(-_-;)

うんうん、分かる分かる!\(`д´)/

でも、さとこさんとこは、こんな先生は会ってなくて良かったですね~!
ってか、ここまで酷い先生は滅多にいないと思いますが・・・^^;(そう思いた~い!)
普通の先生だったら、いいんですよ。普通の。
でも、まぁ貴重な?体験したわ。
自分たちで先生をやっつけるなんて!←(ちょっと違う~かりん暴走~)
2005/10/17(月) 14:23 | URL | かりん #-[ 編集]
おつかれさまでした・・・
かりんさんの闘い、壮絶だったんですね。
キンパチ先生の会議シーンを思い出しました。
でもたいていは、教育委員会が聞き入れてくれず、思い通りにならないんですよね。
今回は理解のある学校側と教育委員会が味方になってよかったですね。
しかし、まだkw先生が教育者としているとは・・・。うぅぅう。

チック症状、見てきました。
そういえば小学校のときにお父さんが亡くなった男の子が転向してきて、
時々突然「ひっ、ひっ」って声が出てしまう発作を何度かおこしていました。
次第にクラスになじみ、中学に入った頃には治っていましたが、
たぶんチック症状だったんですね・・・。
つい1週間ほど前に20代の女性で、5分間ずっとまばたきが止まらない方がいたんです。
どうしたんだろう?ってずっと気になっていたのですが、
たぶんそれも精神的に起きているんですね。
勉強になりました。
2005/10/17(月) 23:22 | URL | るぅ #-[ 編集]
コメントありがとデス!
★るぅさん、こんにちは^^

本当に今回の件は理解して頂けて、無事私のハゲも、
ルフィー君のチックも治り良かったと思います。

>しかし、まだkw先生が教育者としているとは・・・。うぅぅう。

そうなんですよ・・・(>д<)!
彼はずーっと養護学校にいた為、一度別の所に異動しないといけないとかで、
A小学校に3年いて、また養護学校に戻り定年までの7年間をそこで過ごす・・・。
最初からこういう風に決まっていたそうです。(彼がいうには・・・)

チック症状は、止めたくても止められないから、辛いですよね・・・
またどの子でもなる可能性はあるので、気をつけないといけないですよね。
ストレスが多い世の中ですし・・・大人も子供も。
2005/10/18(火) 11:36 | URL | かりん #-[ 編集]
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://calin.blog22.fc2.com/tb.php/38-5a3310de
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。