我が家の自閉っ子のマリオ(現在は青年ですが)の成長と、自閉独特の面白?話をお送りします。現在、 管理人がマリオの恩師と一緒に「ハッピー・クローバー」という障がい児・者を応援する会を作りました。障がい児・者の余暇を広げるためにいろいろな事にチャレンジしていきたいと思ってます。先々はマリオも手伝ってくれるといいな~

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続き。。。親と教師の話し合いの場で、最終決戦をいどむ

夕方…たしか4時頃からの話し合いでしたが、当日私は有給をとりました。
だけど、あえてスーツを着て、ネクタイをしめていきました。もちろん、これは相手に
「大人」「冷静」「客観的」という印象を与えるためです。

そして、とにかく感情的にものをいうことを避け、まずは事実だけを淡々と述べるように
努めました。事実の有無を皆に共有してもらう。その上で私達の考えをゆっくりと述べる。
つとめて冷静に、できるかぎり物静かに。でも、しっかりと声を出して。
そして、最後の最後、「親」の情をぶつける。感情に訴える。
私はこんな作戦を描いていました。

その為に書き綴った、事実の積み重ね…カリンの手帳はびっしりと文字で埋められてます。

続きは、ポチっとしてね↓
ただ、簡単な話でない事は、予め分かってました。というのも親の陣営も一枚岩ではない。
ルフィ君の親は私達と考えを全く共有してるから完全な味方。でもU君の親とは考え方が
違う。U君の親はKW先生を評価してました。プリントをたくさんやらせ勉強させるから。
D君家は正直よくわからない。私達の考え方を話したときは、賛同はしてくれてるみたい
だったが、そのわりにはD君に対する接し方はわかってるとは思えない。
一方で教師側の席にいるM先生は私達の味方。TT(補佐役みたいな先生)のS先生も、
たぶん私達の考え方に賛同してくれているだろう。

ただし、事前に準備している私達にたいして、対する陣営(?)は何も用意していないで
あろうことは想像がつく。きちんと、主張すれば、説得力では負けないだろう。


あとは、教頭がどういう判断をくだしてくれるかだけ。
そしてどんな結論がでても、これ以上は固執しない。
もしどうしてもダメだった場合は、その時はもう学校なんか行かなくてもいい。
そんな覚悟を根底においてました。


そして当日。少しうす曇りの日。
校長室に総勢10人余りが終結。粛々としたまま、静かに決戦の幕は上がりました。

まずカリンがいままであったことを手帳をもとに話をはじめます。だけど、声が震えてて、
うまく言葉が言えない。彼女自身、そうとう参ってた上に、今までの思いが一気にあふれ
て感情が高ぶってしまってたんです。そこで、私が代わって手帳をもとに報告をしました。

もうその内容はしっかりと覚えていません(というか忘れたいことですので)
大雑把なかんじですが

・○月×日。ルフィー君は薬の服用でよくなってるから、とKW先生に
言われたが
事実ではない。そんなナーバスな話をどうしていい加減な、ウソをつくのか

・○月×日。U君がちょっと意に沿わないことをしたときに、押さえつけて大きな声で叱り付けていた。
自閉症児にたいして、その対応ははたして良いことなのだろうか?

・○月×日。私達には、私達のやり方にまったく賛同する風なことを言っておきながら、
ルフィー君の親には私達のやり方の非難をしていた。どうしてそういう陰口をいうのか?

・○月×日。KO君がルフィー君の筆箱をとりあげてからかう。ルフィー君は返して欲し
いと訴えるが、KO君はいじわるして返さない。ルフィー君はパニックに陥る。その間、
KW先生は力なくKO君を口でたしなめるが何ら効力をもたない。どうして、もっと早く
とりあげて収めなかったのか。情緒クラスの担任なら、自閉症児にとっての苦痛をもっと
理解して欲しい。

・○月×日。普通クラスの子が情緒クラスでボールの投げあいがエスカレートして、危な
い位になったが放ったらかし。挙句その理由をきかれたら私達がそうして欲しいといった
からという返答をしていたが、そういう責任転嫁まがいなことをするのはいかがなものか?

・・・

いや、ホントはもっとびっしりあったんですが、忘れました(汗

ひととおり問題と思われる事実を述べた上で、自閉症児に本当に適切な対応というものを、
もっとよく考えて欲しい、情緒クラスの担任なら自閉症児をもっともっと理解してほしい
という旨を主張して、とりあえず話をひとまとめました。

そして、最後に、こう付け加えました

「最後に、これはだからどうというわけではないんですが、妻(カリン)が傍でKW先生
の対応の仕方をみていて、余りに自閉症児にたいする対応としてはみてられなかったため、
非常にストレスを感じ、とうとう円形脱毛症になっちゃいました。。。お願いです。なん
とか対処のほどお願いします」

殊のほか、この円形脱毛症が教頭先生や生活指導の先生にはショックだったようです。
(両名とも女性でした)「まぁ。。。かわいそうに。お母さんに、そんなになるまで負担
をかけてたんかね。もうしわけなかったねぇ」と、かなり恐縮してくれました。

私が話している間、KW先生は終始無言。教頭が、報告の一つ一つに「あんた、そんなこ
としてたんかね?」と問いただすと、黙って首をかしげるだけでした。だけど、こちらは
事実だけを述べている。事実は一つしかない。KW先生は否定のしようがなかった。

続けて、ルフィー君のお母さんの番。おなじく、KW先生の問題行動を訴えかけます。
やっぱりKW先生がついたウソ、責任転嫁、自閉症児への対応のまずさを挙げる。

その後は、U君の母親の番。案の定「私はKW先生のやり方で良いと思ってますし、評価
しております。きちんと勉強もさせて素晴らしいと思います」と切り出した。
まあ、KW先生擁護派として当然ですね。

そこで、私は

「私達は、あれもこれもを先生に要求してるんじゃありません。とにかく子供達の気持ち
をもうちょっと考え、自閉症児を理解して、心の繋がりを結ぶことを最優先にして欲しい
という一点だけなんです。そんな繋がりもないまま、勉強・プリントばかりさせても私は
ダメだと思うんですよ」

という旨の話をふって、牽制しました。
U君のお母さんは以降何もいわなくなりました。

こうして、一通り親からの話はおわりました。

あとは教頭を含め、学校側の番。いったいどんな考えをぶつけてくるのか。
良くありがちなのが、親に散々言うだけ言わせたら、今後について検討するという曖昧な
返答でお茶をにごすというもの。ちょっとだけKW先生に注意する程度でおわらせ、結局
は今までと何ら変わらない。…こんな結論では何の意味もない。
具体的な対処なり、それがないなら具体的な段取りの言質をとっておきたい。
だから、私はここでたたみ掛けようとしました。

「そんなわけで、教頭先生、ぜひ今後について検討して欲しいんです。具体的に。。。」

と訴えかけようとしたその言葉を、突然彼女が凛とした声でさえぎります

「わかってます」

大体において私はどんな人にも物怖じせずにぶつかっていくタイプです。ですがこの教頭
にキッと見据えられた時、気圧されるというんでしょうか、ちょっと息をのみました。
(ちなみにカリンはこの教頭と話をすると、ヘビににらまれた蛙状態になるそうですw)

「大丈夫。お父さん。そんなに心配しないでください」

こうしてこのまま会は幕を閉じました。具体的な回答は、何も学校からあったわけでない。
だけど、私はこのときはもうこれ以上何もいえませんでした。

            今後、いったいどうなるんだろうか?

・・・
私も一人の社会人として、大人の事情というのは分かるつもりです。いくら教頭(校長)
とはいえ、できることとできないことがある。もちろん、学校の問題を表ざた(学校外の
評価組織…教育委員会等)にしたくない気持ちも、人として当然少なからずあるでしょう。


ただ、この教頭先生は、きちんと事実を見極め、私達の訴えたことを正面から受け止めて
理解してくれていました。KW先生は、周り…とくに上には良い顔をする、サラリーマン
社会でいうところの典型的な「平目」でした。ところが、教頭先生はこのKW先生の言う
うそ・誇張をしっかりと見抜いていたんです。もちろん、これにはM先生からの援護射撃
(状況報告)もあったからなんですが。

そして、事の問題点を見抜くだけでなく、それに対する教頭先生の対処が、気持ち良いく
らい的確で大胆だったのも特筆されます。まずは、教育委員会の人にKW先生の指導を見
学させる。これは教育委員会の人の賛同を得んがための方策だったんでしょうけど、教育
委員会への体裁を考えると、なかなかできない事のようにも思えます。「ことなかれ」で
すますのは会社社会ではよくある話。先生だって例外じゃないでしょう。

また、カリンに対して、「あんたたち(カリンとマリオ)は、むりに学校に来る事ないよ。
しばらく休んでなさい」と教頭自ら登校拒否(?)をすすめるんです。これは私達の根底
にもってた「覚悟」を先にやられてしまった感すらしました。

何かと学校では登校拒否というのは話題になりがちな言葉です。「我が校には登校拒否な
んてありません」っと、存在そのものを否定し形だけを取り繕う学校・先生はごまんとい
ます(実際に、ルィージのクラスの担任がそうでした)。それを、学校の総責任者自らそ
れをいうんです。これも中々すごい。

そして、何よりも教頭先生はKW先生を休職させました。そのあたり、問題の根本原因に
たいする対処は、見事でした。実際に、KW先生は子供への接し方もなっていなければ、
自閉症にたいする理解もまるでない。一からやり直さなければいけないのは明白でしが、
これは一朝一夕にできるものではない。そして、そんなKW先生のやり直しのために子供
たちがこれ以上犠牲になるのは絶対に本末転倒な事でしたから。

ある日、カリンとマリオが学校にいかずに、家でのんびりしていると、突然電話がなった
そうです。電話は教頭のO先生からでした。教頭は生活指導のW先生といっしょになって
「今からあんたのとこいくから」っと一言。なんとも突然のアポなし訪問です。これには
カリンもびっくり。教頭を前にすると、もうヘビに睨まれた蛙状態だったカリンは、そう
とう焦ったそうです。でも、その訪問は、なんのことはない、休んでいるマリオとカリン
の様子を2人で見に来たのでした。

ぶっきらぼうで、ちょっと怖い、「畏怖」という言葉がぴったりの教頭先生。
でも、じつは優しい人だったんです。

   このあと、A小学校では、まだまだいろんな事がありました。
   でも、上にいるこの教頭のO先生が、自閉症に理解のある、素晴らしい方だったから、
   最終的にはすべて良い方向に向かっていったのだと思う。


一方で、今回の騒動は、奇しくもカリンが教室に同席していたから発覚したことなんです。
普通、小学生…それも低学年ではなかなか事実を的確に報告できません。仮に真実を言っ
てたとしても、大人からはウソにみられがちです。ましてや、自閉症児。KW先生の問題
行動を報告なぞできるわけがありません。

こんなとき自閉症児は、ストレスを貯めに貯めたあとで、最後にパニック等の異常行動で
表出するくらいしかできないでしょう。ところが、それすらも障害のひとつの症状として
すまされてしまいがちです。きっとKW先生は、こうなっても自分の落ち度ではなく障害
の症状として報告したことでしょう(実際にそういってました)。

上には上がいるように、下の下にはもっとひどい人もいると聞きます。噂でしかありませ
んが、口を聞けない・言葉にできないのをいいことに、体罰ばかりを繰り返す先生もある
と聞きます。KW先生はそこまではひどくなかったが、問題行動が多かったのは事実です。

ここで問題は、学校のクラスという閉ざされた空間の中では、どうしても周囲には見えな
いことが多くなることなんです。

かといって、カリンのようにずっと学校にへばりつくのも容易なことではありません。
だから、親である私達が、きちんと子供達の様子、学校の様子のひとつひとつを見極めて
いく必要があると思うんです。
誤解しないでくださいね。これは学校・先生を信用しないという話じゃないんですよ。
ただ、学校や先生を信用しきって、任せきって思考停止しちゃうのがまずいと言ってるん
です。

このあと出会った先生方は、素晴らしい方が多かった。だけど、そんな素晴らしい先生も
いれば、どうしようもない先生もいる。学校・上司に対してきちんと意見し、自分が望ま
しいと信じる方向に道を切り開く先生もいれば、上司のご機嫌ばかりをとる「平目」先生
もいます。自らのポケットマネーから拠出してまで障害児たちの療育に役立つものをそろ
える先生もいれば、障害児の担任は手当てがつく上に、適当に遊んでいれば自閉症児は文
句をいわないからという理由だけで特殊クラスを希望する先生もいます。

先生も人間なんですよ。そう、それと同じく私ら親だって人間です
すばらしい面ももちながら、どうしようもない面ももつ。
気持ちとして、こうやりたいという純粋な思いも持っていれば、
やりたいことがうまくいかずに悩みまくっている人もいる。

だから、同じ人間として、教師・先生と接していくべきだと思う。
教師・先生だからといって、心酔するのはまずいと思うし、
一方であたかも不審者のように疑心暗鬼になるのもまずい。

   ついでにいうなら、「先生」とよばれる職業では、これがよくおきます。
   特に、有名な先生ほどよくおこる
   教師だけでなく、医師、代議士…みな、先生とよばれますが、彼らも私たちと同じ人
   間なんです。
   それが、「先生」と呼ぶだけで、自分より偉い存在、正しい存在、導く存在と勘違い
   してしまいがち。心酔して、全てを信じきってしまう。
   それが、往々にして間違いをよぶ。思考停止状態というのは、実は一番危ないんです
   常に「自分の頭で考えて」、問いかけ続けていかないといけない。

   ためしに、いまの学校の○○先生、△△先生、××先生と呼んでいるのを、
   ○○さん、△△さん、××さんと呼ぶようにしてみてください。
   ある種の違和感とともに、相手に対する見方が変わることに気づきます。
   相手を、自分と同じ、対等の人間だとみることができるようになります。

   そして、ここで感じる違和感の正体は、知らない間に私たちが被ってた、「先入観」
   なんですよ


子供のことについて、教師と考えをぶつけあうことが一番重要なのかもしれないですね。
考えてみれば、普通クラスの教師とは、そういうぶつけあいの場が実はない。
マリオの担任とは、毎回そのような「自閉症児への考え」をぶつけあってましたが、普通
クラスにいってるルイージの担任とは、しっかり話し合ったことは正直ない。

マリオが障害児だから、というわけではありませんが、結果として子供に対する親・教師
のかかわり方という点で、いろいろ考えさせられ、話しあわされることになったのは事実。
マリオに「親」「子供へ教えるということ」「普通ということの価値観」等々といった、
いろんなことを教えられた気がまじめにしています。


・・・
こうして、天下分け目の決戦はおわりました。

結果としては、我が軍の大勝利。
3学期はKW先生は休職し、M先生が応急処置で2クラスとも受けもつことになりました。
特殊2つのクラスを1人+補助役の先生1人の計2名でやるわけで、これって結構大変な
状況になったようにも思えますが、子供達は平静をとりもどし、この1年間の中では最も
落ち着いた時間をすごしました。

2年生になったら、あらたに障害児教育をしっかりやってきた先生を担任にすえる。教頭
先生もそう太鼓判をおしてくれました。

「この子は、小学校にはいったら伸びると思いますよ」。。。

でも。。。
え?大勝利…?? この1年はなんだったんだろう。

私たち夫婦は、この1年でいろいろなことを学ぶことができた。
学校の先生方とは、また一段深い関係をむすぶこともできた。
だけど、マリオにとってはどうだったんだろう。。。
A小学校の先生方と、より深く理解しあえたのは良かったけど、
もっと落ち着いた学校生活をマリオに送らせてあげたかった。。。

この決戦の日(秋)よりさかのぼって、まだ夏前のころ、
前任の、あの素晴しかったK先生が、
ひょっこりとクラスにやってきたそうです。
たまたま学校に用事があって、そのついでに寄ったということ。
で、当時のクラスは、まだまだぎくしゃくしてる真っ最中でしたが、
それをみたK先生はルフィ君に
「よし、じゃあ久しぶりにあれをやるか!」
と誘いかけをしたそうです。
そして、おもむろに雑巾をとりだし、2人で床拭き競争をはじめだしたんです。
それも楽しそうに。それを傍でみていたU君も、思わず誘い込まれて途中から参加。
いつのまにか3人が一緒になって掃除をする形になってたそうです。
うま~く誘いかければ、この子たちはちゃんとこのような共同作業ができるんですよね。

あとで聞いた話なんですが、K先生はマリオが入学してくることが決まり、
当時のマリオが漢字をふくめて文字にかなり興味があったのを知って、
漢字をネタにして、ルフィ君やU君と遊びながら学ぶつもりだったたそうです。
それと、当時のU君やルフィー君はごっこ遊びができるようになったそうで、
マリオも一緒になってやれるといいなとも言ってたそうです。
(マリオも当時はごっこ遊び?っぽいことをしてました。メイのバカ!とかね)

あのときK先生が異動なんかしなくて、そのままマリオをみてくれてたら。。。
マリオとルフィー君とU君と、K先生の元で学校生活をおくれていたとしたら。。。


まあ、これ以上、「たら」「れば」を言っても仕方ない。
まだ1年ですんで良かった。
2年生になったら、いままでの分をとりかえして、倍以上に素晴らしい学校生活を送れば
いいんだから


ところが。。。

マリオの学校生活にはまだまだ大きな試練がまちかまえているなんて、思いもよらなかっ
たんです。。。

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コメント
この記事へのコメント
読みごたえあったよ
大変参考になりました。
僕もこれからめぐり合う先生でよくない人がいたら、先生と呼ばないでさんづけで呼ぼうと思っていたところでした。
同じ考えが書いてあって面白かったです。
以前、学校の先生やお医者さんの人たちの絵の展覧会の飾り付けを手伝ったことあるんですが、お互いを「~先生」って呼び合って不思議な感じがしたんです。
それで、その中の知り合いの一人に「お互いを先生と持ち上げ合って不思議な世界ですね」と言ったらその人黙ってしまいました。
先生って言う言葉がすごく軽い感じがしたんです。
先生は「先生」と呼ばれるのが当たり前だから深く考えたこと無いんでしょうね。
先生と呼ばれるからにはそれなりの責任を背負っているはずなんですが、それに気づかないでただえらそうに人をあごで使う人も知っています。
学校の先生を学校以外で見たらあまりいい人ではない人もよくいますね。
うちの息子を自閉症と診断してくれたお医者さんは、僕たちを診察室に向かいいれたときに、立って頭を深々と下げてくれました。
そんなこと先生からしてもらったこと無かったのでびっくりしたのを覚えています。
今まで出会った「先生」の中で、その人が最高の先生だったかもしれません。
2005/10/19(水) 00:01 | URL | 政道 #NUpTSsbk[ 編集]
先生をさんづけで呼ぶ
考えたこともなかったので目からウロコ状態でした。
私なんか古いタイプの人間だからどんな担任であっても
上に持っていこうという思考が出来ないんですよね。

これもやっぱり"先生"という言葉が持つ威力かもしれません。

学校の先生もですが、専門家でも"先生"で相談をうけている間柄だと
どうしても相談をしてもらっているという考えがぬけません。
今はそこしか頼るところがないので(専門家って少なすぎですよね!)
仕方がないのですが正直「ん?」です。
きっと相性なんですよね。

ここに来ると、お二人のマリオ君に対する真摯な想いに圧倒される私です。
2005/10/19(水) 09:36 | URL | 馬場エマ #-[ 編集]
ありがとうございます
長文&駄文を読んでいただいた上にコメントまでありがとうございます。

> 政道さん
> お互いを「~先生」って呼び合って不思議な感じ

そうなんですよね。すっごい変!

> よくない人がいたら、先生と呼ばないでさんづけで呼ぼうと

私の場合は逆です(笑
どうしようもない奴だと思ったときは、皮肉の意味をこめて先生と呼んでました。
とてもじゃないけど、距離をおいたほうがいいと思ったからこそ、先生をつける。
なんなら、「先生さま」と呼んでもかまわない。
素晴しい方は、先生と呼ぼうが、さんと呼ぼうが気にしません。
後々(中学のとき)登場するS先生は、マリオに「お~い、S」と呼び捨てにされても
むしろそれを喜んでいるくらいでした。
まあ、慣習的な部分もあるわけで、自分が「先生」とつけた相手に対して思考停止しない
という自信がついた今は、また先生と呼ぶようにしてます。

> 馬場エマさん

実は、これは組織変革のひとつの方法なんですよ
私の以前いた会社は一部上場企業だったんですが、役職名で呼ぶのを一切禁止になりました。
○○課長、△△部長、と呼んでたのを、○○さん、△△さん、と呼ぶ。
社長だって例外ではありません。いまでは□□社長と呼ぶ社員はいません。
みな□□さんと、当人(社長)を目の前にして、呼んでます
「□□さん、お言葉ですが、私はちょっと違うと思います」って。

こういうと、役職にしても先生にしても、相手への「敬意」が軽くなると思われる方もいるかもしれません。
だけど、その点に関しては、実際にはまったく変わらないと断言できます。

実際に、皆さん自身、先生と呼ぶのを、さんに変えたところで、相手への「敬意」は減りますか??
そうじゃないですよね。相手への敬意は、そんな表面的な部分で生まれるものじゃありません。

むしろ、先生と呼ぶことで、役職名で呼ぶことで、
言いたいことが言えない、言うべきことが言えない、…これが一番問題なんです
もっと問題は、相手を100%信じきってしまい、どんなに変なことでも、疑わなくなること
これこそまさしく思考停止状態です。

「信じるものは救われる」っというのは、宗教だけで十分なんですよ
2005/10/19(水) 21:43 | URL | Hideki #JalddpaA[ 編集]
がつーん・・・
えーーーーーーーーーーっ!
なんでじゃいーーーーっ!
朝、入れたはずのコメント、しかもHidekiさんに負けぬほどの長文のコメント・・・
ないっ!、消えてる・・・

がつーーーーーーん・・・

2005/10/20(木) 11:39 | URL | くめくめ。 #SFo5/nok[ 編集]
は、はいってるー、!
よし、もういっぺん!

要約すると
「私の周りには(親戚とか同級生)教師がいっぱい。
なのでそういう意識はしてこなかったし
職員室にも頻繁に出入りしてたし○さんってよんでた(先生って呼ぶとみんな振り返るでしょ(笑))

>言いたいことが言えない、言うべきことが言えない、…これが一番問題なんです

昔は聖職のイメージでしたけど、最近では普通のサラリーマン化してように思うな。
でも、何かと気に入ってもらいたいしそれが子供にも影響するんじゃないかと
みんな思うので
あまり批判されたりしなくなっちゃって、「世間知らず」なんてふうに呼ばれちゃうんでしょうね。
が、言いたいことが言えない、言うべきことが言えない人、
先生や上司じゃないけど、案外身近にいたりするワタクシです。(笑)

というようなコメントでしたー。
今度ははいりますよーに・・・ポチっ。


2005/10/20(木) 11:59 | URL | くめくめ。 #SFo5/nok[ 編集]
お!
はいったー、はいったー、はいってるー!
ばんざーい。

すんません、失礼しましたぁー。エヘヘ。
2005/10/20(木) 12:01 | URL | くめくめ。 #SFo5/nok[ 編集]
コメントどうもです
> くめくめさん

およよ、きえちゃったんですか。残念。
ちょっと最近長文ばかりで、もうしわけなかったっす
書き始めたら、とまらなくって

> 昔は聖職のイメージでしたけど、最近では普通のサラリーマン化してように思うな。

たしかに、そうですね
あと、ぼくらの子供の頃の、先生に対する畏怖をひきずってるのもあるかも

カリンなんか、しばらくは校長というだけで緊張するというし、
パトカーをみるだけでドキっとするとかw

先入観というか、トラウマというか、最初の印象って結構ひきずるもんですからね

> 先生や上司じゃないけど、案外身近にいたりするワタクシです。(笑)

およよ。だれだろうな(汗
2005/10/20(木) 21:11 | URL | Hideki #JalddpaA[ 編集]
 
そのままドラマの脚本に出来そうな内容ですね。
義務教育の期間はその人の人格形成においてもっとも大切な時間。
その中の1年間がこのKW(私も呼び捨て)によって潰されてしまったことがとても悔しいですね。
でも今回のお話を読むにあたり、私は教育の本質をじっくり見据えて、
自閉症児のみならず、子供にとっての「学校」ってなんだろう?ってそんなことを考え始めました。
私が5.6年生だった時の担任は今でも同窓会で一緒に飲んでくださる方です。
そんな今があるのも、勉強だけではなく
たくさんの楽しい思い出つくりをするべく学校生活に先生が導いてくださったおかげだと思っています。
そして、このクラスからは小学校の教師という職業に就いた生徒が3人も出ました。
特殊クラスの教師というのはとても難しいでしょうし、
hidekiさんのおっしゃるとおり、良い先生ばかりじゃないでしょう。
K先生のような方が子供に直接指導してくだされば、
未来のK先生のような教育者を目指す人が増えてくれるんですけどね。
2005/10/21(金) 16:58 | URL | るぅ #-[ 編集]
> るぅ さん

実は私もマリオをつうじて、教えること、学校というものを、考え直させられました。
楽しい思い出をつくってくれる先生って、いいですね
私の小学校の恩師もそうでした。

思うに、「学ぶ楽しさ」を教えてくれるのが先生じゃないかと思うんですよ
だけど最近の先生は学ばせることしかしない。。。学んでても楽しくない
楽しくないから学校を卒業すると学ばなくなる
それじゃ、ダメなんじゃないかなぁ
2005/10/21(金) 21:10 | URL | Hideki #JalddpaA[ 編集]
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