我が家の自閉っ子のマリオ(現在は青年ですが)の成長と、自閉独特の面白?話をお送りします。現在、 管理人がマリオの恩師と一緒に「ハッピー・クローバー」という障がい児・者を応援する会を作りました。障がい児・者の余暇を広げるためにいろいろな事にチャレンジしていきたいと思ってます。先々はマリオも手伝ってくれるといいな~

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父のひとりごと、
【339号】単純に、この母親を責められるのか?にトラックバックします。
http://dream3942.blog2.fc2.com/blog-entry-311.html

私もこのニュースをみたときにちょっと頭の片隅にひっかかるものがありました。
「軟禁:18歳娘を11年以上 傷害容疑で逮捕の母、小中学校通わせず」
http://www.mainichi-msn.co.jp/kurashi/bebe/news/20051206dde041040071000c.html

母親の、その理由を「発達の遅れが恥ずかしく、表に出したくなかった」と話し
ているとの記述にです。

ということで、つづきはこちら↓




朝のおよそ思慮深いとはいえないコメンテーターの番組をはじめ、マスコミや世
間は母親の虐待を非難し、その矛先を虐待を救えなかった市教委に向けています。
そして、報道はショッキングな点として、その子は18歳なのに身長約120セ
ンチ、体重30キロ足らず
と挙げ、あたかも母親の虐待のすえ成長が遅れている
かのような流れで組んでいる。

もちろん、学校にも行かせず、近所の子どもとも合わせず、すくなくとも子ども
を殴って怪我をさせたといった行為は事実であり、やはり許されるものではない
と思う。

ただ、気になったのは、子どもに発達の遅れがあり、それを恥じたという母の言

報道の中では一番冷静で客観的・網羅的に記述すると思われる毎日の記事をよく
よむと、そのあとに「障害があるとみられるが度合いは不明。現在検査入院して
いる」とあります。

そしていろいろとみていると、こんなコメントをみつけました
「身長が130センチなのは軟骨無形成症という病気だから」
http://maisonalfie.blog34.fc2.com/blog-entry-49.html

真実は、どこにあるのかまだわかりません。ただ、表面的な事象だけで騒ぎ立て
る各種マスコミ報道はちょっと浅はかな感じがします。
どうも、わが子の障害を前にして、葛藤と苛みで苦しんできた母親の姿
が垣間見れる気がしてしかたないのです。

そして母親のいう、子どもの発達の遅れ(それは障害なのか病気なのか分かりませんが)
を恥ずかしい・他人に見せなくないと思ったのは何故なのか?という点が気になったのです。


自閉症児によくあらわれる「言葉の遅れ」あるいは「聞き分けの無さ」。
こういう場合に、大抵まず親が責められます。「言葉かけが悪いから」
「しつけができてないから」「親の育て方が悪いから」


…直接言われるだけでなく、間接的に言われているのをもれ伝え聞く場合もある。
うわさなど気にしなければ良い、といえば簡単ですが、明確にそれに反論できる
確証がこちらにないんです。
「あなたは、今までの育て方は間違ってないと本当に言える?」
実際に自分が育ててきた結果がその子どもですから、こういわれて自分の育て方
のせいだと思ってしまうのはごく自然な話です。

だから、
自閉症は脳の障害だから、自閉症になったのは決して親の育て方のせいではない
この言葉に救われた自閉症児の親は少なくないと思う。

もし、この母親がこの子の発達の遅れを障害や病気だとは知らず、自分の育て方
のせいだと自分を責めていたのだとしたら?その場合にもし早くから正しい知識
をこの母親に教えてあげることができたら?「それは、あなたの育て方や躾け方
が悪いのではないですよ」と言ってあげられたら。
(どこかの記事に、排泄とかがうまくできないことに悩んでいたと記述があった)


■■
また、違う側面でみれば、これは非常に不快に思われる方も多いのを承知で書き
ますが、まだまだ日本は障害者を「異質」な存在として、蔑視とまではいかない
としても排除してとらえる傾向があるように思います。特に肢体障害はまだしも、
脳の障害(認知障害、知能障害等)は奇異な言動が目立つこともあるだけに白い
目でみられがちです。

じつは私の母親はマリオを障害児クラスに入れることには最初反対でした。
あとで自分が障害児クラスにいたと知ったら可愛そうだからというのです。
ただ、これは腹立たしい反面、致し方ない面があります。
事実、わたしたちの周りには、多かれ少なかれ依然としてこういった
障害者への差別意識があるのだから。

「池沼」という言葉はご存知でしょうか?これは、そのまま使うと差別用語とし
てまずいからというので知障を隠語化したものです。これが、相手を侮蔑する時
などに使われたりします。この障害者への差別意識は、何の気なしにやっている
だけに根は深く、それこそ小さいうちから教えていかないと払拭されないと思う。

日本は、障害者にとって、まだまだやさしい国ではないと思う。それは、階段等
のバリアフリーという設備面の問題だけではなく、むしろ障害者への理解不足と
障害者への関わり不足
に大きな課題があると思うのです。

障害のある人の苦手な部分を認め、受け入れて、一緒に生きていくような世の中
にしていくことはできないのでしょうか?

少なくとも、困っている人に手をさしのべる&その負荷を厭わないということは、
キレイごとでも何でもなく、人間として非常に重要な行為ではないでしょうか?

九九や漢字の書き取りなども大切ですが、今の子ども達には「学」だけでなく、
こういった「徳」を教えることがとても重要なんだと思う。

■■■
私達の場合、マリアンナの言葉の治療室に出会い、教えられ、救われました。
ただ、ここの特徴的だった点が、実は治療したのはマリオではなく、その両親で
ある私とカリンの「心」であった
という点なんです。

くわしくは過去の記事「羅針盤と止まり木」
http://calin.blog22.fc2.com/blog-entry-9.html

よくあるリハビリセンターなどでは、本人であるマリオへの療法が中心になると
思う。だけど、障害児(とくに自閉症児)の場合には、障害児を社会に適応させ
るのではなく、まず「その子に適した方法」を社会の中でみつけること
が先になる
と思うのです。その場合、一番多いのは家庭。家庭の中で舵をとるのは親です。

生まれつき目が不自由な子どもには、目が見えなくても危険がないように家具の
配置などの家庭環境を工夫するように、自閉症(認知障害)にはその障害にあわ
せた家庭環境を用意することが一番重要なんですよね。

その場合に、一番ネックになるのが、他の子とくらべて遅れている・劣っている
という思いです。

親が、子どもの劣っていること、遅れていることを真っ先に気にしたら、家庭の
すべてがその方向にまわります。
遅れてる・劣ってる>一生懸命追いつこうとする>
もともと苦手な事なだけに効果があがらない>ますます気になり必死になる



最近体験入学をしている見晴台で、カリンが色々な親御さんと話をしてきてます。
その中に、小学校・中学校と子どもの障害に全く気がつかなかったという方がい
らっしゃいました。マリオの場合は言葉の発語が遅くまた多動で、3歳児検診で
障害に気がついたわけですが、その子の場合、普通に言葉も出て普通に成長し、
学校に行っていたそうなんです。だけど、途中から勉強がついていけなくなって
きた。遅れに焦ったお母さんは必死になって勉強を教え、お子さんも、それに応
えて一生懸命勉強したけどダメだったそうです。障害と気がついたのは高校
に入ってからだとか。

結局は、障害の程度の強弱にかかわらず、またその障害の種類にかかわらず、
いやひょっとしたら障害の有無にかかわらず、「他人とくらべて劣っている」と
いう劣等感が、すべてを悪いほうに導いている
気がします。

価値を、他者とくらべて「優位」ということで見つけるというのは、人間の自然
な気持ちであるし、無くならないと思う。

ただ、他人とくらべて劣っていること・遅れていることを、つぎの成長の「糧」
にするならいい。だけど、「恥」だと思い、人間としての存在まで否定しちゃう、
そんな劣等感をなんとか無くせないだろうか?

誤解しないでくださいね。私は勝ち・負けを無くせといってるんじゃないです。
運動会で皆が並んでゴールする…そんなことしても何ら解決しません。
ただ、「負け方」を考える社会になってほしいと思う。

負けたらすべてを否定されるのではなく、負けても次がある、他がある、
そうやって考えられるようになる必要があるのではないかと思う。


・・・なんか、また例によって散漫な長文になってしまった(反省
でも、少なくともマスコミがいうことを、
そのまま鵜呑みにして思い込んでしまうのは止めたいですね。
やっぱり、いろんな角度からみて、考えて生きたいと思う。
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コメント
この記事へのコメント
気が付かなかった親です
>小学校・中学校と子どもの障害に全く気がつかなかったという方がいらっしゃいました。
はい、私もそんな親の1人です。

まったく気が付かなかったわけではなく「おかしいなぁ」と思いつつ、日々を積み重ねていました。
親に知識がないために「目が合うから、言葉があるから」と安心してしまっていました。

本人は辛かったようです。今になって話してくれます。
気が付いたのは高校卒業時期18歳、よくもまあここまで育ってくれたものと今まで関わってくれた人々に感謝しています。
(これは奇跡だ、と相談の先生に言われました)

下の子は小3なので、まだまだこれからです。
診断を受け、学校に報告し、自治体の支援も受けることになりました。


>障害児(とくに自閉症児)の場合には、障害児を社会に適応させるのではなく、
>まず「その子に適した方法」を社会の中でみつけることが先になる と思うのです。
>その場合、一番多いのは家庭。家庭の中で舵をとるのは親です。
そのとおりですねー。
勉強会で「親御さんの気持ちから入るっていうのが、発達障害関係者の常識です」と先生が言い切っておられました。
2005/12/09(金) 09:06 | URL | ちゅうママ #GCA3nAmE[ 編集]
師走ですね。
師ではなくても忙しくなる年末ですね。出張?お疲れ様でした。

マスコミ報道にあまり敏感ではないので…。
そうなんだ~…。と読ませていただきました。

現代の世で、まだなお『恥ずかしくてわが子を封印せねばならない』。事が事実にある。と、言うところからこれからの世を考えて行きたいです。

人の意識は、人が実感するより根深いですから、先の世に生きる人達に何を伝え、残してやるべきか?真剣にならざる得ませんね。
偏見は持っていないと自覚している人の方が持っているものだ。と、言う事に気が付きたいです。

あと、Hidekiさんは男性なのであえて…。
女にとっては、子どもは『産んで』育てるので…。自分の子の世間体を考える時は、『育て方』だけに留まらない複雑な心理が存在します。これに絡んだ意識は日本でも地方によっては、まだまだ根強いなあ。と、感じるところもありました。今回の話との接点があるかどうかはわかりませんが・・・。
お知らせだけ。
2005/12/09(金) 15:34 | URL | NANA #-[ 編集]
先程は急いでいたもので・・・

文脈がちょっとおかしいですね?
同意のコメントなのですが…。失礼がありましたらごめんなさい。

これに絡んでトラックバックの記事を書きたかったのですが…。ちょっと忙しい日が続いています。いつかまた。
2005/12/09(金) 19:31 | URL | NANA #-[ 編集]
私はラッキー?
こんばんは。Hidekiさんとは、はじめましてですね。

マスコミの報道というのは、「こういう方向でいこう」と、はじめからコンセプトが決まっているな~と私も前から思っていました。
マスコミ報道は本当に影響力が強いのですから、マスコミこそいろいろな方向から物事を見てほしいと思います。

ウチの息子も中3の自閉症児ですが、地域の中学校に通っています。
先生方は、やはりどうしても、「健常児」を基準にした物事の考え方をするのだな・・・というのが現実です。
生徒たちのほうが意外に、こういう子もいて当たり前というか、自然にいっしょにいるという感じです。

私も、息子が障害児じゃなかったらきっとわからなかったことがいっぱいあります。
その点では、いろいろなことを教えてくれる息子を持った私はラッキーな母?なんて、時々本気で思います。
な~んて、思えるようになったのは最近になってからですけどね。
まだまだ未熟な母ですが今後ともよろしくお願いします♪
2005/12/09(金) 20:48 | URL | タケちゃん #-[ 編集]
う~~~ん
Hidekiさん、こんばんわ!!

いやぁ~、わたしにゃ難しかったです この記事。
言いたいことはよ~~く分かるんですよ。
劣っているから恥ずかしい・・・う~~ん、全然そういう気持ちはない と言えば嘘になる。
でも、私の場合ちょっと違うような。
娘の場合、劣っていると言うよりもその言動が口を縫い付けたいくらいなわけで人として劣っているとは・・・う~~ん
思っていないかな?かな?
でも、同じ障害を持っている子たちの中でほかの子と比べている自分は確かにいる。
んで、隣の芝生は青いとばかりに羨ましがっている。
馬鹿馬鹿しい事だとは充分わかっているんですけどね~
2005/12/09(金) 21:11 | URL | 馬場エマ #AUcwpENY[ 編集]
こんばんは
このニュース。
Hidekiさんと同じく、子供を隠していた理由に引っかかりました。
恥ずかしいって思ってしまう親の心がとても悲しいです。
確かに、我が子に障害があるって分かったときは、葛藤があったし辛かったけど、
受け入れてしまえば障害がある事なんて「健常者と違うけど、
別にこの子にとっては普通の事」ってわかるのに・・・
自分の子に障害が!!って事は、それを気づかせてくれるチャンスなのに・・・
このニュースの母親は気づけないままだったって事ですよね。
なんか、とても心が痛かったです。
2005/12/09(金) 21:49 | URL | さとこ #-[ 編集]
コメントありがとう
> (これは奇跡だ、と相談の先生に言われました)

それは、きっとちゅうママさんの接し方が、普段から
自然体で無理がなかったんでしょうね

また学校の先生含め、良い人との関わりが多かったのかなぁ
このあたりの人との巡り合いも大きいですよね

> 勉強会で「親御さんの気持ちから入るっていうのが、発達> 障害関係者の常識です」と先生が言い切っておられました。

なるほど!そうなんですか!
常識になってくれれば、ホントうれしいなぁ
2005/12/09(金) 21:58 | URL | Hideki > ちゅうママさん #JalddpaA[ 編集]
無意識って、いちばんやっかいかも
> 偏見は持っていないと自覚している人の方が持っているものだ。

おっしゃるっとおりですね。
無意識・意図しないで・悪気がない人のほうが、
かえって厄介かもしれないですね

> 女にとっては、子どもは『産んで』育てるので…。自分の子の世間体を考える時は、『育て方』だけに留まらない複雑な心理が存在します。

うにょ?これは難しい。。。
自分の分身みたいな感じになるってこと?
このあたりは、男にはわからない感覚かも(汗

> 失礼がありましたらごめんなさい。

え!? べつに何も失礼でもなんでもないですよ
気にしないでくだされ

> これに絡んでトラックバックの記事を書きたかったのです> が…。ちょっと忙しい日が続いています。いつかまた。

はい、忙しい中、ありがとうです
また手があいたときにでも、来てください
2005/12/09(金) 22:08 | URL | Hideki > NANAさん #JalddpaA[ 編集]
はじめまして!
> マスコミ報道は本当に影響力が強いのですから、マスコミこそいろいろな方向から物事を見てほしいと思います。

私は、マスコミも一定の切り口で、「意見」をこめても良い
とは思うのです。でもその場合は、きちんと事実と意見を
切り分けて提示してほしいですね。

あたかも、事実のように恣意的に導くのは、情報操作に
ほかなりません。
そこは、きちんと見抜いていかないといけないと思うのです。

> 先生方は、やはりどうしても、「健常児」を基準にした物事の考え方をするのだな・・・というのが現実です。
> 生徒たちのほうが意外に、こういう子もいて当たり前というか、自然にいっしょにいるという感じです。

良い学校なんですね~
子どもがそうやって素直なのは、大人が良いからだと思う
というか、本来は素直な子どもなのに、
まわりの大人が歪めてしまうのかもしれないです

> その点では、いろいろなことを教えてくれる息子を持った私はラッキーな母?なんて、時々本気で思います。

これ、本当に私もそう思います。
マリオにはいろんなことを教えられました。
ほんと、感謝してます

> まだまだ未熟な母ですが今後ともよろしくお願いします♪

いえ、こちらこそ、いろいろと教えてください。
いや、いっしょに悩んで学んでいきましょう
2005/12/09(金) 22:38 | URL | Hideki > タケちゃんさん #JalddpaA[ 編集]
コメントありがとです
> でも、私の場合ちょっと違うような。
> 娘の場合、劣っていると言うよりもその言動が口を縫い付けたいくらいなわけで人として劣っているとは・・・う~~ん
> 思っていないかな?かな?

私なんかがまだ偉そうには言えないですけど
きっと今のエマさんのそれって、理想なんじゃないだろうか?

確かに、自閉症児って問題行動が多いけど、
そして、それに頭をホントに悩ますけど、
(今日もマリオはやらかしてくれました)
それはそれでかわいいもん。

少なくとも、「否定」することは絶対ない。
自慢の息子とは言えないかもしれないけど、
素晴らしい息子ですよ(うまく言えないけど)

> んで、隣の芝生は青いとばかりに羨ましがっている。
> 馬鹿馬鹿しい事だとは充分わかっているんですけどね~

そういう比較はどうしてもしちゃいますよ

評価って、比べることでしかできないことって、結構あります
絶対評価って、実は難しいんですよ

でも、その子の存在や、人格や、そういうものは
他人との比較とかで測られるもんじゃない、というだけに思うのです。
2005/12/09(金) 23:08 | URL | Hideki > 馬場エマさん #JalddpaA[ 編集]
補足です
「親御さんの気持ちから~」のお話は県の発達支援センターの先生の発言です。
専門家が集まると「どうやって親に理解してもらうか」からはいるそうです。

3男の学校の先生は、要望を言うと
「あー、そうでしたね。状態がいいので忘れてましたぁ」とサワヤカに答えてくれます。
何度説明しても「頑張ればできる子です」と励まして?くれます。ふぅ。
…悪い先生じゃないんですが。学校の現場はまだまだですね。
2005/12/09(金) 23:19 | URL | ちゅうママ #-[ 編集]
いや、あくまでも仮の話です。。。
えっと、本当のことは分からないんですよ。
何の情報もないから。
ただ、断片的な話をつなぐと、ひょっとしたらそんな可能性
があるかもしれないなと思うと、いまの一面的・表面的な
批判はちょっとまずいかもと思ってまとめたんです。

結構、報道の仕方でイメージはかわり、世論が大きく傾く
ことがあるんです

> 確かに、我が子に障害があるって分かったときは、葛藤があったし辛かったけど、
> 受け入れてしまえば障害がある事なんて「健常者と違うけど、
> 別にこの子にとっては普通の事」ってわかるのに・・・

そうなんですよね。
障害を受け入れるのに、何段階も乗り越える壁があるような
気がしてます。とくに、障害というものに触れていない・
知らない人はなおさら。

どこまで事実か分かりませんが、日本に比べてヨーロッパは
障害者がもっと普通に街にでて、普通に生活しているといいます。
街に障害者がいるのは、ごく自然の当たり前の光景なんだとか。
それに比べて、日本は街に出ている障害者が少ない。
というか、街に普通には出て行けない(障害者には環境的に厳しい)
だから、目にして触れ合う機会もない。特殊で特別な存在になる。

障害者が「特殊・特別」でない国になれば、一番良いのにね

> 自分の子に障害が!!って事は、それを気づかせてくれるチャンスなのに・・・
> このニュースの母親は気づけないままだったって事ですよね。

このあたり、あくまでも仮想の話なんですが、
もし自分の育て方に原因があってと思い込んでいたら悲劇です。
あるいは、障害者そのものを忌み嫌う感情をもってたからだ
としても、そうならざるをえない環境が哀しいと思うのです。
2005/12/09(金) 23:22 | URL | Hideki > さとこさん #JalddpaA[ 編集]
がんばるのはどっちだぁ!(笑
> 専門家が集まると「どうやって親に理解してもらうか」からはいるそうです。

へぇ~、今はそうなんですね!知りませんでした。
マリオが3歳くらいの頃に数箇所施設をまわりましたが、
そういうところは無くって、結局行きませんでした。

> 「あー、そうでしたね。状態がいいので忘れてましたぁ」とサワヤカに答えてくれます。

いや。。。忘れてもらっちゃ困るんですけどね
「その子に合った対応」というのが大原則になってるはずだから。

> 何度説明しても「頑張ればできる子です」と励まして?くれます。ふぅ。

う~ん、がんばるのは先生のほうなんですけどね。。。
子どもに無理にがんばらせても、逆効果の場合もあるのに

先生に、きちんと障害者への対応を覚えてもらうことが必要なんかなぁ
その県の発達支援センターの先生に、学校の先生方の指導をお願いしたい
ところですね
2005/12/09(金) 23:33 | URL | Hideki > ちゅうママさん #JalddpaA[ 編集]
“親の気づき”が“はじめの一歩”でしょうか?
> 専門家が集まると「どうやって親に理解してもらうか」からはいるそうです。

ある意味では、正しいと思いますが

“親の理解”につなげるためには、これまでの親の気持ちを受けとめて
子どもへの視点や関わりを見つめていくことへの助言を
時間をかけてしていただけるとありがたいのではないでしょうか?

“親の気づき”がある意味で、“はじめの一歩”だと思います。

最近、身近で、早期発見・早期対応を進めるなかで
あまりにも、早急に診断名を告げられるケースを耳にして

親として、受け止めるための時間がとても必要に思えるので
急ぎすぎない、温かい支援を、望んでしまいます…

さて、ご存知かもしれませんが、明日、川崎で「発達障害者支援法について考える」
というシンポジュームがあります。

自閉症のお子さんのお母さんの明石洋子さんや
支援法成立にかかわられた福島 豊さんのお話を伺いに行くつもりです。

ブログ「カイパパ通信」のカイパパさんの「ぼくらの発達障害者支援法」の本もわかりやすくて良かったですよ。

法律ができたからといって、すぐにどうなるということではないでしょうが

支援や手立てを必要としている人や子どもや親たちにとって
明るい未来を思い描けるような社会にしていくための第一歩として、
自分たちにもできることを考えながら、多くの方にも認知して理解していただけるようにしていきたいですね!!
2005/12/10(土) 02:50 | URL | TOMOはは #-[ 編集]
>TOMOははさん、はじめまして。
Hidekiさん、横から失礼します!

Hidekiさん、かりんさんは「親の気持ち」っていう部分をとってもゆっくり時間をかけて先生方に受け止めてもらったんだと思います。
私も振り返ってみると、子どもの障害云々よりも私はどうしたいのか、私はどう思ってるのか、などなど親の気持ちを延々と聞いてもらっていた気がします。
頭で「理解」するのとは少しニュアンスが違いますね。

大切なのは
その親子のどこをどう支援するのか、この親子ならどこからフォローするのがいいのか、っていう
TOMOははさんが言うところの「急ぎすぎない支援」っていうものだと思います。

今回の事件、私も母親をフォローする場がなかったっていうのがとっても残念だと思いました。
2005/12/10(土) 10:38 | URL | こころ #ndKhkusk[ 編集]
たびたびすみません~
↑私の文章、TOMOははさんへの同意の文なのですが
読み返したら、なんだか中途半端な感じでした。
やっぱり、文章は難しい~~(^_^;)
2005/12/10(土) 10:46 | URL | こころ #ndKhkusk[ 編集]
言葉って確かに難しい~
私たちの場合は、記事中も書いたマリアンナの言葉の治療室
で色々と教えられました。最近知ったのですが、こころさん
も同じところに通ってたらしく、びっくりすると共に何だか
うれしくなりました。

で、そのマリアンナは、障害の理解とか、こうしなさい!
という指導とかでは実はありませんでした。
いまマリオがどんな状態なのか、親として自分達がどう思うのか、
…悩んでいること、不安、そういったことを私達が
マリアンナの先生にぶつけ、聞いてもらうという感じが
ほとんどでした。

http://calin.blog22.fc2.com/blog-entry-9.html

そういった実際に直面している悩みや葛藤の中から、
自閉症児(障害児)にたいしての、気持ちの持ち方や発想
対応の仕方といったものを教えてもらったんです。

いや、「教えてもらった」というよりも、
「見つけた」といったほうが正しいかもしれない
 …ちなみに、
  マリアンナでは最後まで病名は教えてくれませんでした

> “親の気づき”がある意味で、“はじめの一歩”だと思います。

そうですね。言われてみれば、「理解」というと、
病名はこうです、その症状はこうこうです。
そのためにはこうしなさい…
というような「説得」をするという感じがありますね

こうやって一方的に説得されて(教えられて)理解すること
って、頭でわかったようでもこころからわかったわけじゃない。

そうじゃない、自分達が自ら気づいたことって、心からの
大きな力になる。目からうろこが落ちるというのは正にこれ。
しかも、それを自分達なりの状況にあわせて、アレンジ工夫
をして自分達なりのスタイルにつくりあげる
 …それが本当の意味での答えなのかもしれません

自分で探して、自分で見つけた答えだからこそ、
ずっと続く、信念に近いような、こころ構えになる

その気づきの道を誤らないように、上手に導くことこそが
先生(指導員?)の役割のように思う。

> 自分たちにもできることを考えながら、多くの方にも認知して理解していただけるようにしていきたいですね!!

そうですね、本当にそう思います。
2005/12/10(土) 12:27 | URL | Hideki > TOMOははさん & こころさん #JalddpaA[ 編集]
う~んと・・・
> うにょ?これは難しい。。。
自分の分身みたいな感じになるってこと?
このあたりは、男にはわからない感覚かも(汗


ぅ~んと…。
例えば、
①私は桜を2800gで、出産しました。
おむかえのベットの妊婦さんは、2600gと、2900gの双子の赤ちゃんを出産されました。
単純に、このおむかえの妊婦さんに対して、『尊敬』に似た感情がわきます。

②分娩台に乗ってから、何時間も闘って出産された難産を経験された方は、隣の分娩台で先に産まれて退室していった赤ちゃんを何人でも、何年でもずっと忘れなかったりします。

③欲しくて欲しくて…。でも子どもを授かる事ができなかった姉は、『わかっているんだけれど、意味もなく母親となった人達に対して劣等感を感じる』と、いいます。


種の保存。は、本能です。男性にも全く理解できないということはないのではないか?と思います。

例えば…。不妊治療を決意する女性が、事前にパートナーである男性にも、医療機関による検査を勧めました。検査の結果…。
この場合の男性の心理を…。Hidekiさんが考えるのは難しくないと思います。

家の存続と世襲。が、人の意識の中でまだまだ根強い地域はたくさんあります。こういったことは悪い事ばかりではありませんが、そこに障害に対しての無理解や偏見が混ざった場合。
『わが子を受け入れる』は、母親の力だけでは到底???

このようなことを言いたかったのですが・・・。
伝わるでしょうか?
2005/12/10(土) 20:45 | URL | NANA #-[ 編集]
本能的なもの
本能的な、というか自然に湧き出る気持ちというものは、
否定できないというか、否定しても仕方ないというか、
好き・嫌い、親しみ・怖い、愛おしい・気持ち悪い、
というような感情そのものは否定できない。
だけど、その感情をどう行動と理性で制御するかという部分で、
その人のなりがわかると思う。
不思議なもので、そういった理性から、逆に感情も変わる事
も多くあると思うのです。今まで嫌いだったものが嫌いでなくなる。
今まで気持ちが動かなかったものが、放っておけなくなる。

だから、ぼくは「偽善」って、けして悪いことじゃないと思うのです

いまの世の中って、自分に素直に生きるということを主張する余り
その攻撃対象として「偽善」の否定に走り勝ちですが、
それって間違ってると思う

> 『わが子を受け入れる』は、母親の力だけでは到底???

そのとおりだと思います。受け入れられないように、まわり
が追い込んでいく面が否定できないですから。
だからこそ、理性と気持ちの両面からうったえ、
偽善とそしられるのを恐れない勇気をつくりあげていくのが
大切だと思うのです。
2005/12/11(日) 11:08 | URL | Hideki > NANAさん #JalddpaA[ 編集]
ありがとうございます

>偽善とそしられるの恐れない勇気をつくりあげていくのが
大切だと思うのです。

なるほど。私には『偽善』の言葉が大きく響きます。
勉強になります。
ありがとうございます。
2005/12/11(日) 17:06 | URL | NANA #-[ 編集]
その後思っていること
失礼があったら嫌だな。とほんの少し考えましたが…
せっかく学ばせていただいているので、トラックバックの記事を書きました。

あと、その後この母親に対して…
『小柄なお子さん』と、言うところから…
家の中で、隔離された親子だけで過ごした時間があっただろう。その時間の中に『せめて、愛しいわが子を正直に愛しみ会うことができた。抱きしめてかわいがる事ができた。』暖かい時間が、一時でもあったら良いな…。そして、その一瞬がもし本当にあったなら…。
この先は、『小さかったわが子と触れ合った時間を忘れずに。』行って欲しいな。
お母さんも、その娘さんも、これからの人生があるのだから。

などと…。その後の報道なども見ていないのに?無責任な事を考えています。
2005/12/12(月) 12:00 | URL | NANA #-[ 編集]
こめんとありがとう
失礼だなんて、そんなことありませんよ
それと、トラックバックありがとうです

> お母さんも、その娘さんも、これからの人生があるのだから

ほんと、そうですね。
いわゆる虐待の場合は親元から離すという事をする様ですが
どうもそうじゃなさそうな気がするし、むしろそう願いたい

学校に行かせてあげればよかったといってるそうだし。

今まで以上に周囲の目が冷たくなることが一番問題かもしれない
2005/12/13(火) 00:36 | URL | Hideki > NANAさん #JalddpaA[ 編集]
リンクしてこちらにはじめておじゃまします。
うちの子どもは、3歳児検診までは毎回ひっかかり、区の
発達センターで経過観察、さらに一時民間の言語教室にも
通ってたので、今はとりあえず何もなくても、当時のことを思い出すと、やっぱりこの事件のお母さんを責められない。
発達センターに回される子の4割は実は何でもない、ちょっと時計がゆっくり動いてるタイプの子なんだそうです。
(うちの区だけか?)
首の座りも5ヶ月直前で、小児科でもさんざん言われたけど
親の私は「頭囲が43.5cm以上の子は遅め」と何かで
読んでいたので心配もしてませんでしたが、医師によっては
「保健センターが黙ってたら私が大学病院を紹介する」と
まで言い出し、なんと嫌な思いをしたことか。
小学校に入学した今、138cmとひょろひょろ育った
息子。言葉もはきはきしているので、幼稚園の面接で
一度落とされたとは誰も思いません。(家の隣の園なのに)
単に発達が遅めだっただけでもこれですから、
なんらかの障がいを持っている方はすごく嫌な思いを
されているだろうなとつくづく思います。
自分の学校に養護学級がなければ、一般の子ども達は
そうしたお子さんと接触することなく成長し、
社会のしくみもあまり変わっていかないかもしれない。
バリアフリーとか言っても、実際はよく理解してない人が
作ったバリアフリー施設の多いこと。
今、福祉住環境の勉強を始めていて、学ばなくては
いけないことの多さを痛感しています。
2005/12/15(木) 01:06 | URL | 1年生の母 #-[ 編集]
> 「保健センターが黙ってたら私が大学病院を紹介する」と
> まで言い出し、なんと嫌な思いをしたことか。

ちょっと話がそれますが、医師は患者の心まで治してこそ
はじめて医者と呼べるといいます。
イヤな思いをさせちゃ、ダメですね。
医師だけじゃなく、発育度のチェックをするセンター(?)
は当時私が住んでたとこでは余り良いうわさを聞きませんでした。
間接のチェックとかいって、無理やり足をもって逆さまにしたり
結局、子どもの心を傷つけるようなことをしていたそうです。
(友人の子どもがそれをやられて、怒ってました)

もちろん、今は違うかもしれませんが、「検査機関」という
職務だけを忠実に全うするところは、要注意ですね

> バリアフリーとか言っても、実際はよく理解してない人が
> 作ったバリアフリー施設の多いこと。

これは企業の側が反省しなきゃいけないのですが、
「今の時代は必要とされているから」「これをやらないと遅れるから」
等というような動機で発想した企業が意外と多いと思う。

本当に障害者を理解した上で、心から障害者を思いやって
「バリアフリー」な設計をしたわけじゃない。

いや、バリアフリーという発想自体が障害者への差異意識の
裏返しというので、最近はユニバーサルデザインをいうとこ
が増えてはきましたが、これも良くわからないまま、流行り
言葉のようにつかわれている感じです
2005/12/15(木) 01:48 | URL | Hideki > 1年生の母さん #JalddpaA[ 編集]
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