我が家の自閉っ子のマリオ(現在は青年ですが)の成長と、自閉独特の面白?話をお送りします。現在、 管理人がマリオの恩師と一緒に「ハッピー・クローバー」という障がい児・者を応援する会を作りました。障がい児・者の余暇を広げるためにいろいろな事にチャレンジしていきたいと思ってます。先々はマリオも手伝ってくれるといいな~

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マリオが、小学3年生のときの担任T先生との出会いで大きく変わったことは、以前
に記事にしました。でも、そのT先生とは1年間でお別れ…4年生になるとまた新たな先
生が担任となることになりました。

正直いうと、T先生ととても良い感じで進んでいただけに私たちは残念な気持ちで一杯
でした。でも、決まりなので仕方ない。毎年代わる新担任に希望を託し、例年のように
新しい先生を待ってたんです。

でも、そこに現れたのは、あのA先生ではないですか!

ほんの数ヶ月なんだけど、子どもたちとすぐに通じ合って、子どもたちに笑顔を取り戻
してくれたA先生。

上司も、親も、全く関知せず、 ただ、ただ、子供たちのことだけを見ていてる。
子供達と一緒にすごすことだけを大事にしている
自閉症児と楽しんでつきあっていける先生。


 過去の記事【先生にもとめられるもの】
 http://calin.blog22.fc2.com/blog-entry-42.html

私たちには、もう、何も言うことはありませんでした。
まあ、あれだけわんわん泣いて別れを惜しんだ先生に、1年で再会することになるとは
夢にも思いませんでしたが(汗

ということで、続きはこちら↓




でも、A先生はこの1年の間で、いろいろと障害児のことを勉強されてきたようでした。
「みんな、縦にも横にも大きくなったね!」というのがA先生の第一声だったようでし
たが、A先生自身も一回り大きくなってかえってきた感じでした。

もちろん。。。

上司や親の目とかをほとんど関知しない、あっけらかんとした性格はそのままでした(汗。

のどかな昼下がり、気がついたらカリンと一緒になって教室の中で居眠りしてたとか、
時間割の訓練の意味でT先生が始めた宿題がマリオの習慣として定着していたのですが、
A先生はよくこれをつくるのを忘れてしまったこととか、朝が苦手で起きてからわずか
30分で支度して家を出るのだとか、ホントいろいろな逸話が残ってます。
(うは、A先生、ごめんなさい、バラしちゃいました >o<)

もうひとつ、クラスには大きな変化がありました。
それはこの年にU君が卒業して、クラスはマリオ、ルフィー君、Dちゃんの3人だけに
なったことです。ルフィー君はとても利発な子だったし、Dちゃんは元来大人しい上に
A先生に出会ってはじめて笑顔をみせはじめた子です。

だから、3人という人数も丁度手ごろで、とても穏やかなクラスになったのです。

…そう、マリオが暴れさえしなければ。。。(汗

まぁ、以前にかりんが記事にしたように、隣のクラスの子どもがルフィー君にちょっか
い出してきて、それが頭痛の種でしたが、それを除けばのんびりとしたクラスでした。

 過去の記事【試練!?】
 http://calin.blog22.fc2.com/blog-entry-69.html

A先生は、とにかく子どもたちを乗せるのが上手く、色んなことに挑戦させていました。
様々な作品(粘土、絵、日記等)をつくらせたり、なんと運動会にも初参加させたり。
(このマリオの作品の話や、運動会の話はまた別の機会に私かかりんが記事にしますね)

この一年間は、マリオが入学した中で、一番クラス全体が一体となった時期だった様に
感じてます。それは、子どもたちとA先生だけでなく、ルフィー君とは親御さんも含め
ての友達づきあいとなっていたからかもしれません。
(なんといってもルフィー君の親とかりんは「戦友!?」なんですから)

■■■
その年の夏はとても暑い夏でした。何とか外に連れ出したいがとても暑がりなマリオ&
どこかに遊びにいきたい病のかりん。。。この2つの難題をどうクリアするか??

私達の住んでる岐阜はまっ平らな平野部なんですが、少し奥に入ると今度は急に山間部
になります。このあたりは、台地が続く関東とかの人には想像ができないかもしれない。
丁度、海に向かってはほとんど遮るものが無い平野なのに、かたや一方で反対方向には
山がそびえたつ。

だから、車で30分も走ると、アマゴやヤマメがいる「清流」に出会えるのです。

そのため、私達はよくその清流を探しながらドライブしてました。
真夏の清流は、せせらぎも青く碧色の淵もあったりして、見ているだけで気持ち良い。
ある日、ほどよいせせらぎのすぐ近くまで車でいける場所をみつけたので、
川瀬まで降りて、水着に着替えて飛び込んでみました。

もう冷たいのなんの…でも、おかげで真夏の暑さが一気に吹っ飛ぶんです。
そしてぐぃっと潜ってみると、透きとおった流れの中、目の前を川魚がすぃーっとすり
抜けていく。

こんな気持ち良い場所なら、みんなで遊びに来たらきっと楽しいに違いない!

ただ川は海に負けず劣らず危ない。昔から川で遊んできただけに川の怖さは知ってます。
水かさが急に変わる(ダムとかあると特に危険)、見た目以上に深い淵がある(ちょっ
とした淵でも水深2~3mある)、岩が尖っていてケガをしやすい、流れが速い。

そこで、そこの場所の水の流れを全部確認して、最大深度とかも確認しておきました。
ここより上流にはダムとかはないから、急な増水はない。また、ちょっとでも増水した
ら様相が一変するのが川です。だから、その後、数回その場所に遊びにいって、大体の
様子を観察しておきました。


そして、いよいよ、計画開始。
ルフィー君、Dちゃんたちの親御さんに声をかけることにしました。

と、ここで思ったのは、クラスで行くならA先生にも行って欲しいな、ということ。
そうそう、A先生だけでなく3年のときの担任だったT先生にも声をかけれよう!

(この時、T先生は学校を辞めて、障害者の施設に勤務されてました)

もう先生と生徒と親という距離を越えた、「自閉症児を起点としてつながった仲間」
そんな感覚になっていたんですね。

残念ながらルフィー君一家は夏休みでの実家への帰省ということで日程があわなかった
のですが、Dちゃん一家はOK。T先生も快く了承。あとはA先生が返事まちという事
になりました。

ここで、ふと気がついたのですが、私達は先生とか親とかいう立場を離れ、純粋な仲間
という感覚でお誘いしていたのですが、A先生には「担任の教師」という立場が歴然と
あるのです。迂闊ながら、私はそのときまでここに気が回らなかった。

もちろん、私達は、仮に「もしも」ということがあったとしても、「先生」という立場
での責を問うつもりは露ほどもありません。そんな場合には100%自分達の責任である
という覚悟でいました。

でも、社会は、そうは見ないでしょう。いや、先生自身も、いくら純粋なプライベート
な事とはいえ、先生という立場を全く無しにしては考えられないかもしれないのです。

事実、A先生はそうとう悩んだらしいです。子供達と楽しく触れ合うところにぜひ行き
たい、だけど「教師」である自分が果たして行ってもいいのだろうか?

実はA先生のお父さんが、当時ほかの学校の校長先生だったらしく、まっ先に相談して
んだそうです。すると
「自分なりに良く考えて、自分が良いと思った結論に従いなさい」
というようなことを、お父さんに言われたそうです(後日談)

最終的にA先生は意を決して、学校の教頭先生に「行ってきます」と電話し、参加して
くれました。それ以上は彼女は何も話してくれませんでしたが、もしもの場合の覚悟を、
きっとされてきたのだと思います。

このときのA先生の出した結論は、賛否あるかもしれません。
でも、私にはこのときのA先生の思いが純粋にうれしかったです。
と同時に、A先生にはもうしわけないことをしちゃったな、とも思ってます。

きれいに割り切れないのが今の社会とはいえ、学校という空間・時間を一度離れたら、
先生という立場をなくした、そんな一人の人と人との距離でいられるようになれたらい
いのに。。。心からそう思います。


■■■
それで、当日。

私たち一行は、2台の車に分かれ相乗りして出発。
私の車には、私とかりんとマリオとルィージ、そしてA先生。もう一台は、T先生の車
にDちゃんとそのお母さん。
…えぇ、例によって、集合にもっとも遅く到着したのはA先生でした(爆


晴天の空は真っ青。前日も晴れてたので、水かさもいつもよりも少ないくらい
…大人の腰の高さ位で子供達にとっては丁度いい感じでした。

まずは、ベース基地となるところにテーブルを置き、パラソルを広げる。すぐ目の前で
水浴び子供達をよそ目に、バーベキューコンロに火を点す。そして、肉を焼き始めたら、
もう缶ビールを開けずにはいられない。

そこは、穴場的な場所でしたが、私達以外にも3組くらいのデイキャンパーがいました。
その中の老夫婦づれが釣りをしながらバーベキューをしてたのですが、ふと気がつくと、
ルイージがその老夫婦に串にさした川魚をもらい、ほおばってました。さすが、ルイージ
食い物には目がない。

体温に近いくらいの気温とじりじり照りつく陽射しに我慢できなくなったら、目の前の
清流にとびこむだけで、一気に暑さが引くのが気持ちがいい。
また、当時のマリオは、水中にもぐって人の股をくぐる抜けるのが大好きでしたので、
私は、何度も何度もそれをやってあげまていました。そう、、、へとへとになるまで。


なんか、あっという間に時間がすぎた気がします。
楽しい時間って、そうなんですよね
そのときは、あっという間におわるんだけど、
後から思い出すといろいろなことが思いうかぶ。

そして、ちょっと陽もかげってきたので、店じまいをすることになりました。
ゴミは当然全部もちかえり、皿とかはもちろん洗いません。

帰りの車の中、さすがに疲れたのか、みんなは言葉少なめでした。
乗車位置は、運転席に私、助手席にはかりん。
後部座席に、マリオ、A先生、ルイージの順。
パジェロですので、車自体が大きいので座席もちょっと広めです。

ふと見ると、
ルイージがにこにこしながらA先生のひざまくらに寝転がっているではありませんか!
(おーい!なんという、うらやましいことを!?)

すると、かりんが思わず、
「ねぇねぇ、ルイージ。この人、先生なんだよ~」
と声をかけると、あの、引っ込み思案だったルイージが、変わらずにこにこしながら
「え~、いいじゃん」
と動きません。

当時、ルイージは学校で緊張しまくってか、授業中はおろか、休み時間においてででも
先生を前にすると一言も話せなくなってしまうような子でした。
そんなルイージが、A先生には甘えてひざまくらするなんて。。。

先生との距離が、ほんとうに近くになった瞬間でした


-追伸-

そういえば、朝の集合場所であった我が家に帰り、一同解散となったあとで、目の前の
公園でT先生がルィージとボール遊びを長い間してくれました。
あとでルィージに聞いたら、「T先生と遊んで楽しかった」と言ってました。

基本的に自閉症児とうまく通じ合っていくには、同じ目線で遊べることが大切なポイント
の一つなんじゃないかと思う。子どもを上から見下ろすような人に対しては、自閉症の子
たちは見向きもしません。

で、そんな自閉症児とうまくやっていけるような先生は、普通の子供達からとってしても
距離を近く感じる先生なんだろうと思うのです。。
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コメント
この記事へのコメント
同感です
わが家がお世話になった保育園は、こういったやり取りが非常に頻繁に、当たり前にあるところでした。
保育士・親・子どもの距離の近さがご自慢の集団であり、園としても卒園後も、また新家庭との入れ替えがあってもこの距離感は守りたいと考えていたようです。
しかし…?集団の規模が大きくなりすぎたのか?簡単につながっていきましょう!楽しみましょう!だけではすまない事も度々で…。
>きれいに割り切れないのが今の社会とはいえ、学校という空間・時間を一度離れたら、
先生という立場をなくした、そんな一人の人と人との距離でいられるようになれたらい
いのに。。。心からそう思います。


全く同感です。

それと…。
>基本的に自閉症児とうまく通じ合っていくには、同じ目線で遊べることが大切なポイント
の一つなんじゃないかと思う。子どもを上から見下ろすような人に対しては、自閉症の子
たちは見向きもしません。

で、そんな自閉症児とうまくやっていけるような先生は、普通の子供達からとってしても
距離を近く感じる先生なんだろうと思うのです。。


私は、自閉症の人達は人付き合いに大切な諸々の事や子どもが物を覚えて行く過程をまさにストレートに見せてくれる人達ではないだろうか?
言い方に語弊があるかもしれませんが、最もわかりやすく発信してくれる人たち。と捉える事ができるのではないか?のような事を感じています。
子どもや人に携わる専門職の方々にとって、なぜ?自閉症への理解と対応が、登龍門的なものにならないのか?
自閉症を知っていれば…
『気になる子』への対応に振り回されてしまう事は確実に減るだろう?そして、その他大勢ののすべての人達が気持ちよく暮らし、成長していく事ができるだろうに?
なぜ?世の『子どもを語る』事ができる人達がこんなにも自閉症を知らないのか?不思議でなりません。
2006/01/12(木) 15:42 | URL | NANA #yJmgU7PM[ 編集]
コメントありがとう
事実として、私自身マリオという自閉症児をもつことで、「親というもの」「普通ということの呪縛」、そして言葉は変ですが、「心」を教えてもらったように思っています。

だから、自閉症児に限らず、障害児と接することで、いろんなことを学べると思います。

世の中には、いろんな人がいるということ、自分にとって「当たり前なこと」が「当たり前ではない」人がいるということ。

一方で、それでいて、自分と同じ人間だということ。そんな、いろいろな人をきちんと認め、他人を慮り思いやる心をもつということ。

> 子どもや人に携わる専門職の方々にとって、なぜ?自閉症への理解と対応が、登龍門的なものにならないのか?

う~ん、自閉症児そのものの療育は、まだ試行錯誤状態なので、専門の知識も要るし、教師の方々全員ができるようになるというのは、ちょっと厳しいと思う。

ただ、自閉症児に限らず、一般的に「社会的弱者」と呼ばれる人・子どもに対して、ことさらに深い理解と関与はもって欲しいと思う。「やっかいな子をかかえた…」なんていう発想なんて、露ほども抱かないように。

2006/01/12(木) 22:29 | URL | Hideki #JalddpaA[ 編集]
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